仏教なるほどゼミナール「我利我利」

イチロ「くそー、夕べ遅くまで勉強していたから、今朝寝坊してしまったよ」
タツキ「またまた、勉強じゃなくって、ゲームしてたんだろ」
イチロ「ぐっ、するどいなあ。そういうタツキ君は、なんで遅れたんだ?」
タツキ「阪神タイガースの試合が延長戦になってさあ、つい遅くまで起きてたもんだから……」
イチロ「次の電車に乗らないと、集合時間に間に合わないぞ、それっ急げ」
タツキ「うわわ!ホームは人で一杯だよー」
イチロ「うぎゃ、電車も満員だ。こりゃ乗れるかどうか分からないなあ」
タツキ「仕方ないね。あきらめようよ。次の電車にしよう」
イチロ「それじゃあ間に合わない。こうならったら最後の手段!」
タツキ「あっ、だめだよ、割り込みしちゃあ。ちょっと、イチロー君!」
イチロ「どいてください、通してください。乗せてくれー!」
 ・・・・
先生「イチロー君、割り込みしちゃダメじゃないか」
イチロ「だって……」
先生「そういうのを、我利我利と言うんだ」
マサコ「ガリガリ?」
イチロ「僕って、そんなに痩せているのかな。少なくとも、ヒカリのことじゃないな」
ヒカリ「もう、失礼ね!」
ナオキ「ダメですよ、女性にそんなことを言っちゃあ」
先生「おほん。我利我利の『我利』は、我の利益、と書く。つまり、他人を押しのけてでも、自分だけ得をしようとする者を、我利我利亡者と言うんだね
マサコ「やっぱりイチロー君のことじゃないの」
イチロ「ううー、何だよー」
先生「まあまあ。いいかい、これは何もイチロー君だけのことではない。みんな一人一人、そんな我利我利の心がないか、考えて欲しいんだ」
マサコ「おほほほ、私はいつも人のためを思って、親切をしていますわよ」
ヒカリ「さっきもお婆さんに譲りました」
先生「うむ。それはいいことだね。でも、それは自分に余裕があるときのことだ。それが、イチロー君のように、余裕がなくなってくると、他人のことなど、どうでもよくなってくる」
イチロ「そうだよ。マサコが僕の立場だったら、どうした?」
マサコ「ちょっと。変に威張らないでよ」
先生「たとえば、これは実際にあった話なんだけど、戦争中に輸送船が敵潜水艦に撃沈された時、多くの兵士が海に投げ出された」
兵士1「おおい、助けてくれ」
兵士2「ボートに乗せてくれ。戦友じゃないか」
ボートの兵士「これ以上、ボートに乗れば、沈んで自分も助からない……かくなる上は!」
先生「すがる兵士の腕を切り落としたという」
ヒカリ「ひどい話だわ」
先生「これは戦争中の話だから、極端に聞こえるかもしれない。たとえば、大海の真ん中に、一人乗りのボートに乗っている自分がいたとしよう。当然、二人乗ったら沈んでしまう。そこに、イチロー君が溺れていたら、どうするかな」
マサコ「おほほほ。沈めてあげますわ」
先生「まじめにやりなさい。では、家族が溺れていたら、どうするかな?」
ヒカリ「このボートに二人以上乗ったら、沈んで誰も助からなくなるわ。じゃあ、私が降りて、誰を乗せるというの?私自身が死んでしまう……どうしたらいいの?」
先生「自分が死ぬか生きるかの瀬戸際に立った時、他人はどうなってもいい、自分だけ助かればいい、という恐ろしい心が出てくるんだね」
イチロ「なるほど、そうですね」
先生「いいかい。我利我利亡者は地獄行き、と言われる。こんな話がある。
 ある人が、地獄と極楽の見物に出かけた。地獄はちょうど、昼の昼食時で、骨と皮にやせた罪人たちが集まってきた。ところが、食卓には山海の珍味が並んでいる。しかし、地獄の箸は長かった。箸が長くて食べたくても食べられず苦しむところが地獄なのだと分かった。
 次に極楽をのぞいてみたところ、ちょうど夜の食事時であった。まるまる太った極楽の住人たちに、山海の珍味。きっと極楽の箸は短いのだろう。しかし、箸は長かった。極楽は、地獄と違って、自分では食べない。箸でつまんだ食事を向かいの人に食べさせている。なるほど、やはり地獄と極楽とでは心がけが違うわい、とその人は帰っていったという」
先生「我利我利の心を丸出しにすると、恐ろしい悪を造って、他人どころか自分さえも助からない。私たちは、自利利他でなければならないね」
イチロ「ジリリタ?」
先生「ほら、極楽の人たちは、どんな人だったかな?ごちそうを自分で食べなかっただろう」
イチロ「ええと、長い箸で相手に食べさせていました」
先生「それが利他。他人の利益になるようにすることだ。それがそのまま、返ってきただろう。それが自利、自分の利益となるんだね。他人に親切するままが、自分の幸せとなって返ってくるんだ」
タツキ「なるほど」
ヒカリ「善因善果、自因自果。自分が善い行いをすれば、自分に善い結果が返ってくる。因果の道理に狂いはないのですね」
先生「そう、その通りだね」
イチロ「もう電車の割り込みはしません」
マサコ「ようやく分かったようね」
先生「さあ、みんなも、自利利他の行いを心掛けようね」
(おわり)

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