仏教なるほどゼミナール「アキラメル」

ナオキ「さすが、全国で五本の指に入るほど旨いラーメン屋だけあって、沢山並んでいるね」
ヒカリ「こんなに待たされるのなら、別の店にすればよかったのに」
イチロ「だめ!一度ここのとんこつしょうゆラーメンを食べたかったんだから。むふふ、楽しみ〜」
店員「もしもし、お客さん、すみませんが……」
イチロ「あ、注文ですか? 僕は具の全部入り大盛りで」
タツキ「僕はくん玉高菜入りね」
店員「いえいえ、そうではなくて、用意したスープが切れてしまいまして。申し訳ありませんが、今日はここまでとさせて頂きます」
イチロ「えーっ! そ、そんなー!」
店員「誠に申し訳ありません。またのご来店を……」
イチロ「じょ、冗談じゃないよ。ここのラーメンを食べる日を、どれだけ待ちこがれたことか……」
マサコ「泣くことないじゃない」
イチロ「お、お願いです、そこを何とか、何とか食べさせてください〜」
店員「そういわれましても……」
ヒロシ「これこれ、イチロー君。仕方ないじゃないか。人間、アキラメが肝心だ」
イチロ「ひーん、アキラメきれないよ」
ヒロシ「まあまあ、人生山あり谷あり。心を楽にして物事をアキラメてゆくのが、み仏の教え……ナムナム」
マサコ「へえ、そうなの?」
イチロ「やい、寺の息子! お前の言うことは気にいらん!」
タツキ「食べ物のことで暴れるなよ、みっともない」
先生「まあまあ。イチロー君、落ち着いて。アキラメルという言葉は、確かに仏教から出た言葉だ。だけど、仏教で言う意味と、一般に使われている意味とは全く違うんだよ」
ヒロシ「えっ、そうなのですか?」
先生「うむ、よく知ってね。アキラメルとは、仏教で諦観と言われます
ナオキ「タイカン?」
先生「そう、諦観の諦とは、インドの昔の言葉で『サットヤ』と言い、真理のことだね。
諦観の観は、ミルということだ。だから、諦観とは『アキラカニ真理をミル』ということになるね
ヒカリ「ということは『アキラカニミル』という仏教の言葉が、次第に変化して『アキラメル』となってしまったのね」
ナオキ「アキラカニミル、アキラカニミル、アキラカニミル……アキラメル。おお、なるほど、そうだったのか!」
マサコ「ちょっとー、わざとらしいわよ」
先生「おほん。ともかく、言葉がそのように変わっただけならよかったのだけど、その意味まで変わってしまったんだよ」
イチロ「へえ、そうなのか」
ヒカリ「普通、アキラメルと言えば、なにか、いい加減にして片付けたり、ごまかしたりすることを言いますよね」
店員「そうそう。ラーメンはアキラメなさい」
イチロ「あなたに言われたくないよ!」
タツキ「財布を落として困っていると『いい加減にアキラメロ』言われたことがある」
マサコ「つまり、ラーメンや財布のことを「忘れてしまいなさい」ということね」
先生「そのように、『真理をアキラカニミル』という意味とはほど遠い使われ方をしている言葉だ。逆に、アキラメ主義は、進歩も発展も努力も失わせる考え方になってしまうんだよ」
ナオキ「そ、そうなんですか?」
先生「たとえば、昔は行灯で明かりをとっていた」
A「もっと明るくならないのかしら」
B「仕方がないよ。これでアキラメてね」
先生「このように行灯でアキラメていたら、今のような電気や蛍光灯は発明されなかっただろう。また、ラジオでアキラメていたら、テレビを造られることはなかっただろう」
タツキ「なるほど」
先生「今の自分の姿でアキラメていたら、その人の進歩も向上もなくなってしまうんだよ」
ナオキ「忘れっぽい性格なんだよなー。ま、どうにもならないからアキラメよう」
ヒカリ「アキラメないで。忘れものをしなように、工夫をしていきましょうよ」
イチロ「今はもう、ラーメンしか食べたくないんだ。こんな俺は、アキラメルしかないよな」
ヒカリ「勝手にしてください」
先生「そう、そのようなアキラメは、言わば私たちにとって敵と言うべきだろうね」
ナオキ「テキ?」
マサコ「そう、やっつけちゃうのよ」
先生「いいかい。仏教で教えるアキラカニミルの諦観の教えは、全く違うんだよ。みんな思い出してごらん、この大宇宙の真理は、因果の道理だったね」
ヒカリ「善因善果、悪因悪果、自因自果。結果には必ず原因がある、原因なくして起きる結果は一つもない」
マサコ「そして、善い行いをしたら善い結果が、悪いことをしたら悪い運命が、自分にやってくるということですね」
イチロ「その因果の道理をアキラカニミル、とは?」
先生「たとえば、さっき「財布を落とした」話についてならば、その財布を落とした原因は何だったのかということを、よくよく調べて、アキラカニミルことだ。その原因がハッキリしたら、今度は二度とそのような原因を作って、悪い結果が来ないように努力しなければならない、となる」
タツキ「ふむう、なるほど」
先生「分かったかい? 「アキラメが肝心」と言うと何だか後ろ向きで無気力な感じがするけど、仏教は決してそんな教えではない。反対に、とっても前向きで元気が出てくるじゃないか」
マサコ「善い結果が欲しいから、善い行いをしようと思いますものね」
ナオキ「悪い運命は欲しくないから、悪いことはやめようと思うよ」
ヒロシ「そうか。仏教での正しい意味を知らなかったよ」
イチロ「でも先生、ラーメン食べられないのは、くやしいよ〜」
ヒカリ「まだ泣いてる」
イチロ「いや、まてまて、ここは原因をアキラカニミルことだ。むむ、夜で客が多く、まして閉店近くに来たのがまずかったのか」
マサコ「考えてる考えてる」
イチロ「よし、明日は開店前から並ぶことにしよう。よっしゃ、早起きして、夢のラーメンゲットだぜ!」
ナオキ「すごい、しょーもないことだけど、やる気に満ちあふれているね」
先生「おいおい、明日は学校だぞ」
ヒカリ「もっと大事なことに努力して欲しいわ」
(おわり)

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